Category Archives: 勉強のコツ

試験場での心得

 

センター試験まであと1週間!
…ということで「試験場での心得」を。(∩_∩)

(その一)
「自分が苦しいとき、他人はもっと苦しいと思う」
入学試験は相対評価。
テストの難しさは関係ありません。
他人が走らせる鉛筆の音に焦ったら負けです。
相手もあなたの鉛筆の音に焦っています。

(その二)
「絶対に、あきらめない」
第一志望に悠々と合格する人は滅多にいません。
ボーダー・ラインを超える1点、2点が合否を分けます。

がんばれ受験生\(^o^)/

ライバルに差をつける過去問の活用法

 

受験生の皆さんは過去問が好きです(^_-)-☆。皆さんこぞって過去問に取り組みます。特に今の時期はセンター試験の過去問を解くことを勉強の中心に据えている人もいるでしょう。

過去問は二度と出ない問題

でも、私は生徒さんにいつも「過去問はやり過ぎないように」と指導しています。なぜなら、過去問は「もう二度と出ない問題」だからです。もちろん重要な内容が何度も出題されることはあります。でも、まったく同じ問題が出ることは当然ながらあり得ません。問われている内容は同じでも目先を変えるために出題形式は違います。そういう意味では、本番で解かなくてはいけないのはいつも新しい問題です。

過去問をやる意味

過去問はセンター試験や志望校の出題形式に慣れるためにやるものです。それ以上でもそれ以下でもありません。受験生の皆さんが、過去問をたくさん解けば合格ラインに近づく…そんな風に思っているとしたらとそれは大きな間違いです。

近年出ていないところこそ要注意!

大学受験の試験範囲はとても広いです。1回の試験でその全部が出題されることはありません。図に喩えるとこんな感じです。

長方形が全範囲だとすると、ある年に出題されるのはその一部です。そして、今度の試験で最も出される可能性が高いのは、近年出されていない白い部分です。何度か出ている赤い部分は全体の中では決して高い比率にはなりません。

過去問で勉強するのは効率が悪い

「いやいや、10年分くらい過去問をやれば全範囲を網羅できるのではないか」
という意見もあるでしょう。確かにそうかもしれませんが、それは極めて効率の悪い勉強法です。なぜなら過去問を解くことを通しては、学習した内容を体系立てることが困難だからです。

勉強のコツは体系立てること

大学入試のように範囲が膨大な試験を突破するためには、学習した内容を頭の中で体系立てておくことが必要になります。それぞれの内容がバラバラの状態で雑多に詰め込まれていては、必要な時に必要なものを取り出すことはできません。家のタンスと一緒です(笑)。

ではどうしたら学習内容を体系立てることができるでしょうか?

もっとも良い方法は、誰かに教えられるかどうかを考えてみることです。実際に教える相手がいる場合は積極的に教えさせてもらいましょう(嫌われない程度に)。

ちなみに私は高校時代、自室に小さい黒板を買ってもらって、誰もいない空間に向かって「授業」をしていました。傍から見たらちょっと危ない感じの人だったかもしれませんが、これは最高に勉強になりました!

「分かる」とは教えられるようになること

何かをひとに教えようとすると内容を体系だてることが必ず必要になってきます。その話がそもそもどこから始まり、どのように発展していくのかを示すことができなければ、相手は納得してくれないからです。

問題集の解答を読んで、辻褄があっていることを確認したところで、その内容を理解したことにはなりません。あることが「分かる」とはそのことを教えられるようになることです。

数学だったら例えば「2次関数」「ベクトル」「微分」などの大きめの単元で区切ってその単元の内容を体系立てて説明することができるかどうかを確かめましょう。それができないうちはいくら問題演習をやっても効果は薄いです。

過去問を最大限に活用する方法

過去問を最大限に活用する方法は、できるだけ過去問をやらないことです。
なんだか禅問答のようですが、言い換えれば、過去問をやる前に準備すべきことはたくさんある、という意味です。前述の通り内容を教えられるようになるまで過去問に手をつけてはいけません。

そしていよいよ準備が整ったと思えたなら、満を持して過去問にとりくみましょう。この時は本番より5分少ない時間にタイマーをセットして、できるだけ本番と同じ緊張感の中で解いてください。

心理学の実験によると、人間は不慣れなことをするときはプレッシャーがあると失敗し、慣れていることをするときにはプレッシャーがあったほうがより良い成果をあげるそうです。

試験本番の時、受験生の皆さんはもちろん緊張するでしょう。だからこそ過去問を解くことを通して緊張感のある状態に慣れておく必要があるのです。

準備が足りない状態で過去問に取り組むと「どうせできないだろう」という心理が働いて、緊張感はなかなか保てません。一方、準備が整った後に「できるはずだ」という思いで取り組めば、そこには自ずと緊張感が生まれます。

最後に。
当然答え合わせすると思いますが、その結果に一喜一憂するのは無意味です。この時にやらなくてはいけないのは解けなかった問題に対して「なぜ解けなかったのか」を明らかにすることです。それができない限り、本番でも同じように失点してしまうと肝に銘じてください。

繰り返します。

その前にやることはたくさんあります♪

数学のテストで良い点数を取る方法

 

私は学生時代、テストを受けている最中から「お、これはきっと良い点数だろうな」と確信できる時がありました。それはどういう時かと言いますと、解きながら出題者の意図が分かった時でした。
「あ~、◯◯のことを聞いてるな」
「ここの対称性に気づいて欲しかったのね」
「なかなかニクイでないの」
などとほくそ笑みながら(←感じ悪い…)解いている時は、ほぼ間違いなく良い点数になりました。あ、のっけから自慢ぽくなってごめんなさいm(_ _)mでも、ここにテストで良い点数を取る秘訣が隠されています。
はっきり申し上げましょう!(`・ω・´)ゞ。
テストで良い点数を取るコツは出題者の気持に寄り添うことです。

「胸を借りる」つもりで

話は飛びますが、相撲用語(なのかな)で「胸を借りる」という言葉がありますね。「前頭が横綱の胸を借りる」などの表現で使われています。これは下位の力士は上位の力士に稽古を付けてもらって成長することからできた諺のような表現ですが、一般には「実力の下の者が上の者に挑戦する事」を表します。

高校生にとって大学の先生は「横綱」でしょう。中学生にとっても学校の先生は「横綱」です(そういう感じがしない先生もいるかもしれませんが…)。つまり、先生が作ったテストを解くことは横綱に挑戦しているのと同じなのです。

よく、横綱相撲と言いますね(今日は相撲ネタで押しています)。横綱相撲というのはただ単に勝つだけではなく、横綱が万全の形で(自分の型で)勝つ勝ち方のことを言います。横綱は勝って当たり前なのでその勝ち方にも美学が必要であり、「いなし」などのこズルい勝ち方は横綱に相応しくないとされています。

しかし、前頭や小結が横綱に挑戦する場合、横綱相撲で勝とうとする必要は全くありません。どんな形であろうとも勝てればそれで大金星です。逆に言えば、下位の者が横綱に挑戦するときには、自分の型にこだわっているとその「型」において百戦錬磨の横綱にはかないません。自分の型で勝てるというのは実力が相手よりも相当上の場合だけだと思って下さい。


[動画は平成の大横綱貴乃花の最後の優勝。武蔵丸との優勝決定戦は後世に残る大一番となった。表彰式での小泉首相(当時)の「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!!」は流行語になった。]


大分、脱線しました…m(_ _)m
話を数学に戻しますね。

生徒さんを見ていると、できない生徒さんに限って自分の型にはめて解こうとします。出題者の意図に寄り添うこと無く、かつて自分がやったことのある問題の解法に無理矢理はめこもうとしてしまうのです。皆さんも経験があると思いますが(もちろん私にもあります)、そういう場合は十中八九うまくいきません。つまり…敗けます。

これに対してよくできる生徒さんは、決して自分の型にこだわりません。出題者の意図を汲んで、問題に書かれている通りにそのまま立式をして解いていきます。

センター試験数学必勝法

もうすぐセンター試験がありますが、センター試験の数学は大問が4問程度で、その1つ1つは上の画像のような小問に分かれているのが通常です。そして、この小問は大抵1つの結論に向けての誘導問題になっています。つまり、出題者の意図はこの小問による誘導を素直に追いかければ自ずと明らかになるのです。

センター試験を解いたことのある人はお分かりだと思いますが、センター試験では一見
「なにこれ?」というような新しい感じがする問題がよく出題されます。そんな時、自分の型で解こうとする学生は「こんなの見たことない!」と狼狽します。それもそのはず、自分の型で解けるのは解いたことのある問題の類題だけだからです。見たことのない問題は解いたことがないのでどの「型」を使えば解けるかが分からずに動揺するわけです。

でも、「胸を借りる」という気持を持っていれば「何だかよく分からないけれど、言われた通りやってみよう」と思えるはずですから、新しい感じがしたとしても、ひるむことなく解き進むことができるでしょう。

センター試験の場合は、一見すると新しい感じがしても一皮むけば基本問題であることがほとんどです。素直な気持で出題者の気持に寄り添って解いていけば必ず解けます。

賢さとは素直さ

今朝、Web Sportiva斎藤佑樹投手のインタビュー記事(「野球が嫌いになりそうな時期もあった」)を読みました。私が今日このブログを書こうと思い立ったのはこの記事にとても感銘を受けたからです(相撲から野球に突然変わってすいません)。

斎藤投手は、高校時代は甲子園優勝投手として「ハンカチ王子」のニックネームで一世を風靡し、大学でも史上初めて4年連続大学日本代表に選ばれるなど大活躍。鳴り物入りでプロに入った後は1年目に6勝をマーク、2年目の今年は開幕投手に選ばれて見事完投勝利を飾りました…とここまでは誰の目にも順風満帆の印象だったと思います。しかし、そんな「持ってる」斎藤投手も今年は夏前から調子を崩し7月以降はほぼ2軍ぐらしでした。

インタビューの中で
「投げていて、筋肉がいなくなっちゃう」
「自分の持っているものが本物ではなかったんだと思ってしまった」
「考えない力が欲しいと思うようになりました」
と今シーズンを振り返って真っ直ぐに心情を吐露する言葉の端々に私は大変好感を覚えました。と、同時に
「やはり、賢さとは素直さだなあ」
とつくづく思いました。

斎藤投手は「王子」というニックネームが付くほど育ちが良さそうで、このインタビューからもその性格が素直であることはよく分かります。そして、その素直さが彼の賢さであり、また最大の武器なのではないでしょうか。

変化を怖れない素直さが大事

生徒さんに新しい考え方や解き方を教えていると、私の言うとおりに素直に取り組んでくれる生徒さんと、頑固に自分のやり方に固執する生徒さんに分かれます。

誤解のないように先に言っておきますが、頑固であることは決してマイナスばかりではありません。自分のやり方にこだわり抜くことで何かを達成する人は少なくないはずです。
しかし、こと教わるという立場にある人はまずは素直に吸収することがやはり大事だろうと思います。実際、素直な生徒さんは例外なく伸びます。反対に伸び悩む生徒さんの多くは頑固です。

私が大好きなチャーチルの言葉に

「向上とは変化することである。完璧とは変化し続けることである 

 To improve is to change; to be perfect is to change often.」

というのがあります。

これは自戒をこめて書くのですが、変化することを怖れず素直に吸収しつづける人間が結局は伸びていくのだろうと思います。

clipart by illpop.com

東大の「高等学校段階までに身につけて欲しいこと」

 

東京大学はホームページ上で「高等学校段階までの学習で身につけてほしいこと」として、東大を目指す高校生が大学入学前の学習において特に留意すべきことを教科別にまとめて発表しています。その内容は非常に示唆に富んでいますが、このホームページのことは意外と知られていないようですので、数学の部分をご紹介します。

「高等学校段階までの学習で身につけてほしいこと」(東大)より引用

【数学】
 数学は,自然科学の基底的一分野として,人間文化の様々な領域で活用される学問であり,科学技術の発展に貢献するだけでなく,社会事象を客観的に表現し予測するための手段ともなっています。そのため,東京大学の学部前期課程(1,2年生)では,理科各類の全学生が解析・代数を必修科目として履修し,文科各類の学生も高度な数学の授業科目を履修できるカリキュラムが用意されています。 本学に入学しようとする皆さんは,入学前に,高等学校学習指導要領に基づく基本的な数学の知識と技法を習得しておくことはもちろんのことですが,将来,数学を十分に活用できる能力を身につけるために,次に述べるような総合的な数学力を養うための学習を心掛けてください。
1)  数学的に思考する力
 様々な問題を数学で扱うには,問題の本質を数学的な考え方で把握・整理し,それらを数学の概念を用いて定式化する力が必要となります。このような「数学的に問題を捉える能力」は,単に定理・公式について多くの知識を持っていることや,それを用いて問題を解く技法に習熟していることとは違います。そこで求められている力は,目の前の問題から見かけ上の枝葉を取り払って数理としての本質を抽出する力,すなわち数学的な読解力です。本学の入学試験においては,高等学校学習指導要領の範囲を超えた数学の知識や技術が要求されることはありません。そのような知識・技術よりも,「数学的に考える」ことに重点が置かれています。
2) 数学的に表現する力
 数学的に問題を解くことは,単に数式を用い,計算をして解答にたどり着くことではありません。どのような考え方に沿って問題を解決したかを,数学的に正しい表現を用いて論理的に説明することです。入学試験においても,自分の考えた道筋を他者が明確に理解できるように「数学的に表現する力」が重要視されます。普段の学習では,解答を導くだけでなく,解答に至る道筋を論理的かつ簡潔に表現する訓練を十分に積んでください。
3)  総合的な数学力
 数学を用いて様々な課題を解決するためには,数学を「言葉」や「道具」として自在に活用できる能力が要求されますが,同時に,幅広い分野の知識・技術を統合して「総合的に問題を捉える力」が不可欠です。入学試験では,数学的な思考力・表現力・総合力がバランスよく身についているかどうかを判断します。

コツは覚えないこと

私は常々、数学の勉強のコツは「覚えないこと」だと説いています。なぜなら数学を学ぶ目的の第一は論理力を鍛えることであり、定理・公式・解法を暗記してそれをあてはめて問題を解こうとすることは、論理力の育成を阻むからです。

拙書「大人のための数学勉強法」の中でも、「覚えない」ことの大切さは繰り返し書きました。その中から2箇所引用します。

「大人のための数学勉強法」より引用

 私は、数学を学ぶことは論理を学ぶことだと考えています。数学を通して
「物事の本質を見抜こう」
「目に見えない規則や性質をあぶり出そう」
という精神を養い、筋道を立てて物事を考えていく力を養うことこそ数学を学ぶ本当の目的だと思います。三角関数もベクトルも因数分解もこの論理力を養うための材料に過ぎません。そして、この論理力は定理や公式、解法の暗記では決して育てることができないのです。そればかりか、何でも暗記してしまおうと考えるクセはこの論理力の育成を大いに阻みます。
 数学を勉強することの意義を見失わないためにも、また数学の本質を理解するためにも「丸暗記」からは抜け出さなければなりません。
ここで私の大好きなアインシュタインの言葉を引用します。
「教育とは学校で習ったすべての事を忘れてしまった後に、自分の中に残るものをいう。そしてその力を社会が直面する諸問題の解決に役立たせるべく、自ら考え行動できる人間をつくる事である。」

 数学の試験とは基本的に、解いたことのない問題を解かされる試験です。もちろん教科書や問題集に出ていた問題の類題が出ることはあるでしょう。でもそれは定期テストなどで、学校の先生が数学の能力とは別に、その生徒の勤勉さを測るために出題しているに過ぎません。少なくとも大学の入試ではしばしば「新傾向」と称して見たことがないような問題が出されます。そんな時、丸暗記した解法は何の役にも立ちません。
 加えて、無理やり覚えた定理や公式はその意味を失い、無味乾燥な数字と文字の羅列に成り下がっています。
 役にも立たず、意味も分からないものがつまらなくなるのは当たり前です。そして、つまらないと思っているものが上達することはあまりありません。

東大が数学の試験で問うのもやはり「論理力」=「考える力」です。だからこそ、はっきり「知識・技術よりも『数学的に考える』ことに重点が置かれています」と書かれているのです。

国語力の大切さ

また私は指導の中で、数学を学ぶ上では国語力が非常に大切であることを痛感しています。「大人のための数学勉強法」の中でも「『文系』の人こそ数学を!」と題して次のように書きました。

「大人のための数学勉強法」より引用

 私の塾で、苦手だった数学を短期間で克服する生徒さんに共通していることがあります。それは国語力に優れていることです。特に筋道を立てて文章を構築できる人、他人が言ったことを自分の言葉で言い換えることができる人は、既に物事を論理的に考えるための下地が十分にできあがっているため、正しい勉強のコツを伝えると呑み込みが早く、あっと言う間に数学の力を伸ばします。
 また人間は言葉を使ってものごとを考えます。論理を構築する道具として言葉を使います。ですから、まず数学を学ぶ下準備として確かな言語能力は必須です。
学生時代に「私(僕)は文系だから…」と数学を捨ててしまう人が多いことはとても残念です。よく文系の人が「私は数学ができない人」と自分で自分にレッテルを貼っていますが、大抵それは誤解です。また多くの場合、数学できることと国語ができることは反対の能力のようにも思われていますが、これも大きな間違いです。私に言わせれば
「国語は得意だったけれど、数学(算数)は苦手だった」
というのは矛盾しています。そしてそれは
「私は数学の勉強方法を間違いました」
とほぼ同意義です。国語ができたのなら、文章を読んだり書いたりすることに自信があるのなら、数学は必ずできるようになります。

永野数学塾は、中学生・高校生・社会人が中心ですが、時々小学生の親御さんから入塾のご希望や、「将来数学ができるようになるために準備しておくことはないか」というお問い合わせをいただくことがあります。そんな時、私は必ず「本を読ませてあげて下さい」と言います。

私は小学生の時から学校が遠かったので通学には電車で片道約1.5時間かかりました。そしてその時間はそっくりそのまま読書の時間でした。つまり往復で約3時間、毎日読書をする機会に恵まれていたわけです。それは私にとって読書の習慣を身につけ、読書の楽しみを知るかけがえのない時間になりました。おかげで今はほとんど活字中毒となり、1日何も文章を読まないでいると心が落ち着かなくなります(笑)

世間では

理系=国語が苦手な人

文系=数学が苦手な人

というレッテルが一般的になっておりますが、これは大きな誤解です。理系であっても一流になるためには、豊かな国語力は必須ですし、文系であっても論理的であるためには、数学の力は欠くことができません。

東大が数学の試験において求めている「数学的な総合力」とは、豊かな国語力に支えられた論理力と言い換えることができるでしょう。そしてそれは、小手先のテクニックや丸暗記の対極にあるものだと私は思います。

もちろん、以上のことは東大を目指す高校生に限られたことではありません。すべての高校生、そして大学生、社会人が数学を学ぶ上での丸暗記の弊害に気づき、数学を学ぶ本当の意味や楽しさをつかんでくれることを願っています。

暗算禁止令

 

永野数学塾に通ってくれる生徒さんを見ていると、優秀な生徒さんほど暗算をしません。途中式や式変形の様子をしっかりノートに書き込んでいます。

少し前にそういう優秀な生徒さんに

「なぜ暗算をしないの?」

と聞いてみたことがあります。すると

「そんな危ないことできません」

と、返ってきました。
さすがです。分かってるなあと思いました。

今日び、電卓は100円ショップでも売っています。誤解を承知の上では書けば、暗算なんて100円の価値しかないのです。そんな安い能力を誇示(?)するために途中式を省略したり、筆算を省いたりすることで、大切な答案をミスするなんて本当に「危険」なことです。またほとんどの生徒さんは暗算をしようと中空を見つめている間に、手が止まっています。つまり時間の短縮にもなっていません。

以前にも書きましたが(過去記事⇒答案の書き方)あるレベル以上の難関校の入試では、結果が合っているかどうかよりも、どうやってその結論にたどり着いたかが問われます。つまり、自分の頭の中で考えていることを他人が読んでも分かるように、しっかりと「表現」できる生徒が合格を勝ち取るのです。

計算の過程をしっかりと書けるようになることはその第一歩です。

そのため、永野数学塾では暗算禁止令を発令しています(^_-)-☆



永野数学塾-東大卒講師の個別指導-神奈川県大和市中央林間

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