井上道義先生&サンクトペテルブルグ交響楽団


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昨日(2013年4月21日)は、横浜みなとみらいホールで行われた「井上道義指揮サンクトペテルブルグ交響楽団」の演奏会に行って来ました。プログラムは

チャイコフスキー: 幻想序曲「ロメオとジュリエット」
ストラヴィンスキー: バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)
***
ショスタコーヴィチ: 交響曲第5番 ニ短調 作品47
《アンコール》
チャイコフスキー:バレエ組曲「白鳥の湖」~情景
ショスタコービッチ:バレエ組曲「ボルト」~荷馬車引きの踊り
プロコフィエフ:バレエ組曲「シンデレラ」~愛をこめて(アモローソ)
チャイコフスキー:バレエ組曲「くるみ割り人形」
~トレパーク

でした。

いやあ~、本当~~~に素晴らしい演奏会でした!!

今回の道義先生とサンクトペテルブルグ交響楽団による全国ツアーは8日間で7公演という強行スケジュール。しかも昨日はその最終日ということで、道義先生もオーケストラも疲労はピークだったと思います。

実際、前半の「ロメオとジュリエット」と「火の鳥」は道義先生のタクト(あ、でも昨日の先生は指揮棒を持たれませんでした)がエネルギーを帯びてくると、それに呼応してオーケストラもエネルギーを発散させるという感じで、随所に(おそらく)このオーケストラらしい独特で壮麗な響きを聴かせてくれたものの、今から思えばウォーミングアップ的だったかもしれません。いえ、後半を聴かなかれば前半の演奏も十分「お腹いっぱい」になる名演だったのですが、それが「ウォーミングアップ」に感じるくらい、後半(特に2楽章以降)が凄まじかったのです!!

3/4拍子でスケルツォの2楽章はどこまでも舞踊的。長身で手脚の長い道義先生の踊るような指揮に呼応してオーケストラのリズムは沸き立ち、ノリは最高。楽章後に拍手を我慢するのが大変でした(∩_∩;)

3楽章は一転して、哀愁に満ちた悲痛な音楽。身じろぎ一つできないような緊張感がホール中を満たします。私は今まで聞いたすべての演奏の中で最も美しいピアニッシモを聴きました。そのあまりに静謐な響きに「無音より静か」とさえ感じました。ファーストヴァイオリンだけでなく、セカンドヴァイオリンまでもが高音であれだけ均整の取れた美しい響きを出せるのは、海外オケにもかかわらず日本人エキストラが一人もいなかったからかもしれません。本当に美しかったです。

そして4楽章!!想像していたよりも落ち着いたテンポで始まりましたが、道義先生の棒にドライブされてどんどんテンポアップするオーケストラはある種異様なテンションにまで上り詰めていきます。やがて迎えるクライマックス。今度は今まで聞いたすべての演奏の中で最も激烈なフォルテシモを聴きました。ホール全体が揺れ、自分の体が宙に浮いたかのような錯覚を覚える"驚音"を聴いたあとは心臓のバクバクがなかなかおさまりませんでした。なんて凄い音なんだ!!!!!

この世紀の名演が終演すると、日曜日の昼間だというのに聴衆は熱狂し、ブラボーが飛び交い、スタンディングオベーションも出ました(私も立ちました)。道義先生のトーク付きで大盛り上がりのアンコール(4曲も!)が終わった後、オーケストラが袖に下がってからも拍手が鳴り止まなったほどです。一緒に行った妻も客席でハンカチがぐしょぐしょになるほど泣いてました。

アンコール3曲目の「愛をこめて(アモローソ)」の前に、道義先生は「私たちのために演奏させてください」と仰りました。私にはその意味がよく分かりました。なぜなら演奏会全体を通してオーケストラがマエストロの棒を100%受け止めて、体現しようとしていたからです。プロのオーケストラの多くは結構頑固に「自分たちのやり方」があって、なかなかこうはなりません。オーケストラが心からマエストロを信頼し、またマエストロもオーケストラを信頼している時にだけ起きることです。道義先生はこのオーケストラの音楽監督ではありませんが、今回のツアーは蜜月の時間だったと思います。

とにかく昨日の演奏会は一生忘れない演奏会になりました。

終演後、マエストロとツーショットを撮っていただきましたのですが、ご本人の許可を頂いていないので、ホールに掲出されていたポスターと撮った写真を。

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追記(2013/05/04):
マエストロご本人から許可を頂いたので、終演後の2ショットを掲載。
↓ちょっと緊張気味です…(∩_∩;)

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井上道義先生

a62c3318822682b1174acf86039f3589 井上道義(from kajimotomusic.com)

井上道義先生と私との出会いは約25年前のことです。

私は祖父も叔父も音楽家(ピアニスト)だったので、小さい時からピアノを習っていました。でも、小学校も高学年になってくるとピアノよりも野球や外遊びの方がしたくて、毎日ピアノを練習するのが苦痛でした。正直辞めたいと思っていました。そんな時、1985年にNHKで放映された「第12回ショパンコンクール」のドキュメンタリーを観たのです。後に「ブーニン現象」とまで呼ばれた大ブームを引き起こしたこの番組で、優勝したスタニスラフ・ブーニンが演奏する「子猫のワルツ」(当時の映像はコチラ→YouTube)に私は電気が走るような衝撃を受けました。ちょうど同じ曲を練習していたから「違い」がより分かったのかも知れません。その瞬間、義務のように感じていた音楽が、人を熱狂させる魔法の力を持っていることを知りました。

中学に入ると私はお小遣いを貯めては演奏会に通うようになりました。最初はピアノのリサイタルがほとんどで、オーケストラの演奏会に行くのはピアノコンチェルト(大抵前半に演奏されます)がお目当てでした。でも、そのうちに後半のオーケストラ曲に目が行くようになって、そうなると同じ曲が指揮者によって、大きく違うことに気づきはじめました。そんな中でも特に私が惹かれたのが井上道義先生でした。他の指揮者には似ても似つかにない独特の指揮ぶりから引き出される熱い音楽とそのサービス精神の虜になりました。私は道義先生の追っかけのようになり、お小遣いの許す限り先生の演奏会に通ったものです。

やがて私は「どうしても会いたい!」という気持ちを抑えられなくなりました(笑)。ツテのツテを追っかけて、なんとか繋がりが持てないかと探しに探したところ、私の母(関西出身)の大阪の友人がやっている料理教室の生徒さんの中に、道義先生の奥様の従兄弟の方がいるとわかりました。図にすると…

道義先生との相関図

 

とこうなります。遠いですね~。はっきり言って、無関係です。でも、私はこのツテを頼りました。そして中学2年生の時についにお会いすることができたのです!あの時は嬉しかったなあ。

その後は演奏会に伺えば楽屋でご挨拶させていただけるようになりましたし、ご夫婦で結婚式にも来ていただきました(恐れ多いことです…)。また先生の愛弟子で私が本当~にお世話になった指揮者の本名徹次さんもご紹介いただきました。

無鉄砲で厚顔無恥だった中学時代の私。でも、あの時の行動力と意志の強さは褒めてあげたい気がします(笑)。

追記(2013/05/04):
こちらもマエストロご本人から許可を頂いたので、四半世紀前の2ショットをご紹介。
↓若い!

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道義先生の演奏会は今後も続々予定されています。
まだ「道義体験」をしていない方は是非どうぞ!!

井上道義オフィシャルサイト – Michiyoshi Inoue Official Site | SCHEDULE 一覧

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