フローレンス・ナイチンゲール


今日はナイチンゲールの192回目の誕生日\(^o^)/

イギリスの裕福な家庭に生まれ、貴婦人としての教育を受けたナイチンゲールは、20代の頃から看護師を志し、祖国とロシアの間でクリミア戦争が勃発すると、戦場における初めての女性看護団を率いて現地スクタリ野戦病院の臨床現場に立ちました。ナイチンゲールがその働きぶりから「クリミアの天使」と呼ばれ、看護師を「白衣の天使」と呼ぶ由来になっているのはご存知の通り。

しかし、ナイチンゲールが近代統計学の発展に貢献した統計学者だったことは意外と知られていません。スクタリ野戦病院の「異常な死亡率の要因」が兵舎病院の過密さと不衛生な状況にあったことを軍の官僚や議会に納得させるために、数々の統計資料を作成し、各種委員会に提出しています。

ナイチンゲールは視覚的な資料を作ることでも、才能を発揮しました。戦争で負傷して亡くなる兵士は全体の1~2割、あとは栄養失調や感染症など予防可能な病気で死んでしまっているという分析から、陸軍兵士の異常な死亡率の原因を明らかにした「鶏のとさか」と呼ばれるダイアグラムは特に有名です。この円(扇形)グラフは、半径の差が扇形の面積に反映する(面積は半径の2乗に比例する)ので差異が際立って見えるようになっていて、効果的に作られています。

参考サイト:Nightingale’s ‘Coxcombs’(Flashを使ってアニメーション化しています)

これによるとクリミア戦争で死亡した兵士たちは、負傷によるものやその他の原因によるもの(ダイアグラムの赤と黒の部分)より、むしろ院内環境の改善で防ぐことのできる疾病(青の部分)によって死亡していることが分かります。さらに、死亡率は戦争の最初の年(ダイアグラムの右半分)が高く、その時期は1855年3月に政府の派遣する衛生委員が野営地と病院に衛生状態を改善するためにやってくる以前であることも示しています。

ナイチンゲールは統計学の制度化にも努力しました。統計が活用されないのは、人々が活用の仕方を知らないからであると考えた彼女は、何よりも重要なのは教育であるとして、大学教育において統計の専門家を育てることに尽力しました。

ナイチンゲールは赤十字社活動には関わっておらず、むしろボランティアによる救護団体の常時組織の設立には反対していました。これはマザー・テレサと同様「構成員の自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」と考えていたためでした。

ナイチンゲールの超人的な仕事ぶりと必要であれば相手が誰であろうと直言を厭わない果敢な姿勢により、交渉相手となる陸軍・政府関係者は彼女に敬意を示し、また恐れてもいたそうです。「クリミアの天使」、「ランプの貴婦人」(夜回りを欠かさなかったから)などと呼ばれるナイチンゲールですが、実際の彼女は看護にロマンチックな精神主義をまじえるような観念論者ではなく、その主張は徹底した経験主義に基づいていました。そんなナイチンゲールの生き様は、彼女が遺した言葉からも伺うことができます。

ナイチンゲールの名言

・天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、
 苦悩する者のために戦う者のことだ。
・病人を救うのは、宗教者の愛よりも衛生環境である。
・看護はひとつの芸術である。それを芸術たらしめるには、
 画家や彫刻家の仕事と同じように、
 他を顧みない専心と厳しい準備とが必要である。
・命を奪われた男たちの前に立って思う。
 生きている限り、彼らを死に追いやった相手と戦い続けると。
・進歩し続けない限りは、 後退していることになるのです。
・そこに明確な行動が伴っていなければ、
 思いを十分に伝えることは難しいと思う。
・経験をもたらすのは観察だけなのである。



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